たぶん今は前を向いて自分の道を歩くことが愛なんだと思う。

 少しずつ俺の世界は平静を取り戻しつつある。もう飯も普通に食えるしちゃんと腹も減るようになった。不意に涙が出そうになったりもしないし、もちろんまだ痛みはあるのだけれど、前みたいに息が詰まりそうになるような辛さを感じることもない。最近はほかの女友達とどこか遊びに行こうなんて話もしている。実はこの1年で今が一番フラットかもしれない。


 結果をいうと、俺の推測はだいぶ当たっていた。
 4日後にメールが来た。やっぱり、彼女には今好きな人がいるんだそうだ。どこまで本当に好きなのかわからないけど、今はそっちに気持ちが向いているから、というのが答えだった。予想はしていたけど、覚悟もしていたけど、やっぱりその言葉はきつかった。今となってはメールでよかったと思うけれど、その時はできれば直接か、じゃなければ電話でもいいから彼女の声で聞きたかったと思った。会社帰りにiPhoneでそのメールを受信して、途中の公園で1時間くらい座り込んで泣いて友達に電話して、少し落ち着いてからなんとか家に帰った。

 もう一度会って、直接聞きたい、その上で「これからも友達としてよろしく」と言いたかったけど、それは叶わなかった。「今会うのはすごく意識してしまうから、時間がほしい」というのが彼女の答えだった。確かに、それはその通りだと思う。俺が送ったメールを読んで、彼女はまだまだ俺に気持ちが残っているというのが見えたんだろう。



 直後は本当に辛かった。しかもちょうどかなりの量の仕事が舞い込んできて、その状態で仕事をこなすのはかなりきつかった。「仕事してれば気が紛れるでしょう?」なんていう人もいたが、俺の仕事は体を動かさずひたすら頭で考えることばかりだから、そんな状態で思考がまとまるわけもない。切り替えができるんならそもそもそんなに辛くはない。毎晩2時半くらいまで、憔悴したような表情で仕事していたらしい。
 しかも、ちょうどあの日から一週間後に彼女の住む街に行かなくてはいけない仕事があった。行った先はちょうど去年の同じ頃、久しぶりにその街で彼女と会ったときに用事があった場所で、それがさらに辛かった。先週も少し咲いていた桜はだいぶ満開に近づいていて、どうしてこの景色を2人で見られないんだろう、と思った。一週間前だったら「今来てるよ」なんてメールを送ったりもしただろうけどそれもできない。1年前に戻りたいと本当に思った。



 結局のところ、俺と彼女は今は全然別の世界に住んでいる。距離が200km離れていて日常の接点はないし、ここ1年で何回も会って毎回のように丸1日2人だけで過ごしたけど、それだって近くに住んでいれば1週間と少しで超えてしまう程度の時間でしかない。俺の意識はずっと彼女と同じ世界に住んでいた頃と変わっていなかったけれど、彼女は違った。この1年の間に新しい世界を見つけて彼女の内面はどんどん変わっているんだな、というのは会うたびに思っていた。服装やメイクは変わらずだったけど、今は充実しているんだろうな、というのが表情や話し振りから感じられたし、この前会ったときは実際にそう言っていた。彼女にとって俺の存在は、たぶんたまに会う昔の友達という程度だったのかもしれない。

 この1年は夢みたいな時間だったんだと思う。たまに会いに行くのは本当に楽しくて、メールが来れば嬉しくて、もちろん返事が全然来なくてそれを辛いと感じることもあったし、そっちのほうが時間としては長かった気もするんだけど。それでも、一緒にいる時楽しそうにしている彼女を見るのは本当に幸せだったし、きっと周りからみれば仲のいい幸せな2人に見えていたに違いない、と思う。本当に大好きで、本当に大切な人と過ごせた時間は、たとえ少しであっても本当に幸せな思い出だ。


 だから、今回のことはただの「痛い思い出」とかにして笑い飛ばしたりは絶対にしたくない。忘れようと努力したりだとか、逃げたりだとかそういうことはせずに、辛いなら辛いなりに自分で自然にそれが消化できるまで向き合っていきたい。そして次に会えるときには、前みたいに普通に話して笑いあえるようでいたい。その時初めて、今回想いを伝えてよかった、といえるようになるのだと思う。次に会えるのがいつかは分からない。俺は今すぐだって会いたい。でもそういうわけにはきっといかないから、いつになるだろうか。夏か年末に飲み会でもあれば会えるだろうか。その時に自分がちゃんといい表情で会えるようにいたい。彼女があの時言った「何があっても会える2人でいようね?」という言葉を俺は信じているし、きっとそうなれると思う。



 正直言って、今でも俺はまだまだ想いは残っている。彼女は「今は」と言ったから、最後の最後に気持ちが向いてくれればいいな、と思わないわけじゃない。でもそれはきっと難しいことなんだろう。それぞれ別々に幸せを見つけて、そして友達としての関係が続けばそれがいいのかもしれない。それは今はまだ分からない。


 彼女は「あなたには幸せになってほしいと思うし、でもその時隣にいるのが私じゃなくても、私は本当に嬉しい(=だから、恋愛感情とはたぶん違う)」と言った。

 でもやっぱり、俺はあなたが隣にいてくれるのが一番幸せだと思うよ。