It's not end until it's end.

 「あけましておめでとう」以来連絡が取れなくて(まあmixiにはコメント付いてたけど)、正直やっぱり全ては俺の勘違いで本当はだめなんだろうなと最近は思いつつある。
 あんまりしつこくならないように、たまーにメールを出して、でも返事が返ってこないとやっぱり辛いから、あんまり彼女のことは考えないようにしてるんだけど、でも最近2日連続で夢に出てきてしまった。
 俺は基本的に寝つきが良すぎる人なので(これは彼女も同じで、前に「どっちが早く眠れるか競争しよう」とか言って笑ってた)普段夢なんか全然見ないのだけど。
 何をしていたかは特に覚えていない。確かけっこう大勢知り合いらしき人々がいる中で、ずっと2人で話していた。大した話はしてないけど、それが自然って感じだった。
 目が覚めたらなんか寂しい気分だ。
 でもちょっと驚いているのは、今までの人生で不思議なくらい「自分の好きな人」は夢に出てこなかったのに、ってことだ。もうそれくらい彼女は俺の思考の片隅に居ついてしまっていて、拭い去れないものになっちゃってるんだな、と思った。
 たぶん彼女はそんな風には全然思っていないだろう。でも、とある人(女性)から聞いた話。その人は昔俺が彼女に振られたときにいろいろ相談したりした人なんだけど(実は当時その人は俺のことが好きだったんだそうだ。申し訳ない)その人曰く「あなたと2人でいると、(彼女に)私すごーくきつい視線で睨まれてて、断ってもやっぱり特別な人なんだな、と思った」んだそうだ。
 なんかもうね、彼女の思考領域のメモリの1%でも常時占有できてるならそれだけで俺は嬉しいよ。誰だったか忘れたけど「好きでいさせてもらえる」ってこと自体が素晴らしいことだと書いていて、それはその通りだと思った。全人類的全宇宙的規模で考えればディスプレイの1ドットの明滅以下くらいの長さの人生の間にそういう人に巡り合えたってことだけでそれは大当たりなんじゃないか。たぶん人類の半分くらいはここまで好きな人にはめぐり合えずに死んでいくのだとか思えば俺はレアなエクスペリエンスをしているんじゃないか。
 ちなみにタイトルはアメリカのマイナーリーグの弱小チームの監督が言った言葉らしいです。「それは終わっていない、それが終わるまでは」ってことだが、訳すなら「まだだ、まだ終わらんよ!」だな。

新年快楽

 台湾に行ってました。
 といっても2泊、しかもうち1泊は夜行で飛行機も夜着朝発だから正味1日ってところだったけど、やっぱ台湾はいいところだと思う。俺が昔の日本人だったらたぶん引っ越す。

 別にヲタ活動に行ったわけではありません。ていうか今回CDはほとんど買ってません。美眉の番組(我愛鄢澀會)も終わっちゃったし、元若藍は何してるのかよくわかんないし。あ、でも糖果はめちゃくちゃ可愛くなってます。あと、遠傳(携帯電話会社)のCMの曲がよかった、と思って今調べてみたら袁詠琳という人の「雨后天空」という曲みたいだ。最近人気ある新人らしい。iTunesにあるかなあ。



 で、今回は夜行に乗って東側に行ってみた。花蓮は活気があって平坦な熱海みたいな街だなと思った。ただ東側は行くのが結構大変だ。もっと休みがあればいいんだけど。

 夜は台北に戻って夜市とかに行った。寧夏路夜市よりもっと西側、迪化街という通りに霞海城隍廟という廟があって、ここは縁結びでかなりご利益があるというので有名らしい。ということで行ってみたのですが(俺もアレだなあ)、夜だったのでまあ当然のことながら閉まっていた。
 せっかくなんで写真を撮っていたら、原チャリに乗った一人の兄ちゃんが。
 最初は隣にある銀行にでも用事があるのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。写真を撮り終えてしばらく見ていると、兄ちゃんは廟の前にやってきて手を合わせた。
 日本でも商店街にある神社に、近くを通ったら手を合わせるという習慣のある場所がある。きっとここも地元では有名な神様だろうから、そういう感じで通りがかりに寄る信心深い人なのかとも思ったが、兄ちゃんはまさに一心不乱というべきか、ずっとずっと、2分も3分も手を合わせていた。
 結ばれたい人がいるんだろうか。
 そして兄ちゃんは参拝が終わると、すぐに原チャリにまたがってもと来た方へと走り去っていった。
 気づかれないように遠くから見ていたんだけど、あまりの熱心さにはっきりいって圧倒されてしまった。人通りもほとんどない薄暗い街角で真剣に祈る兄ちゃんに俺は心打たれた。去年の春節は俺は香港で寺にお参りにいったんだけど、確かに中華系の人の参拝はもともとけっこう大げさなところがある。でも彼はそういうのとはちょっと違って、本当に何かしら強い思いみたいなものが全身から伝わってきたのだ。人間の感情というものに鈍感な俺が思うのだから本当にそうなのだろう。もしかしたら彼は仕事が終わってから毎晩来ているのかもしれない。
 こういう人が幸せになれなかったら、世の中間違ってるよな、と思う。

 というわけで、月下老人様、彼に幸せを。
 ついでに俺にも。

I need to go

本当はこの土日でまた会いに行こうと思ってたんだけど、なんでも向こうが忘年会だそうで…。行けなかった。

彼女と会うときはいつもタイ料理とかジャマイカ料理とか面白い料理を食べに行くことにしているので、というのは2人とも旅好きだからなんだけど、だから俺が先週ベトナム料理を食べに行ったりスリランカ料理を食べに行ったりしたときにメールを送ったんだがその返事は来なかった。

また夏のあの時と同じパターンか…


でも、今回はどうなんだろう。

もし夏のときに「これはしばらく会わない方がいい」と思ったんだったら今回だって夜3時過ぎまで飲んだり、翌日いっしょに温泉行ったりするだろうか?そりゃまあ、けっこう長い友達だけど、一応相手は男だし過去にいろいろあった奴なのだ。それに「明日は?」と聞いた俺に「じゃどっか遊びに行こう!」と言ったのは彼女なのだ。


ひょっとしたらこの優柔不断野郎さっさと何か言えよって思われてるんじゃないだろうか?いつも用事がある時に(行くときはだいたい用があるってことになってる)来て各国料理食うだけの相手なんですか私は?って思われてるんじゃないだろうか?


って気がしなくもない気がしてきた。
いやわかんない、本当に友達として信頼されてだけなのかもしれないけど。それはそれで嬉しいけどね…



これを読んでいる物好きな方はまったく30過ぎて何なのこの男は、と思ってるだろうし俺もそう思うんだが、相手が別のヒトだったらいくら俺が優柔不断超絶ヘタレ野郎だといってもさすがに何かアクション起こしてるっつーの!

自分で書いてて笑っちゃうが、ほんとに大切な人なんです。


さあどうする?今年は残りあと少しだ。

超絶ヘタレ日記

今回は言おうと思ってたんだけど…


4ヶ月ぶりに会いました。

最近はまたメールのやりとりとかけっこうあって、しかも先月は誕生日もあったし、まあそんなわけで、要は単に会いたかったので、そっちに用事があるから夜飲もう!ということで行った。もちろん実際は用事なんかはない。

で、夜はけっこう良い店で夕飯のあともう一軒、けっきょく夜中3時まで飲んで、本当はそのときに言え言うべきだ言ってしまえ!と思ったのだが、俺が発した言葉は「明日は暇?」


で、次の日は昼から温泉に行くことにした。山の上にある鄙びた温泉に行き、帰りに夕焼けのきれいな高台でアイスクリームを食べた。そのときにまた言え言うべきだ言ってしまえ!と思ったのだが、




あああ超絶ヘタレだ死ね俺!

やっぱりなんていうかもう普通に2人でいると楽しいわけで、せっかく久し振りに会えたのにそのハッピーをブレイクするかもしれないかもしれないようなことを言うのは大変ハードでリスキーなタスクであり、要はけっきょく実行できなかったのであった。

最後の最後まで普通に話をして、けっきょく最後の会話は「また来るね」「うん」



実際のところ、日常的には接点のない百何十キロ離れた所に住んでる人になんだかんだで何回も会いに行っているわけで、まあただ飲みに行ったり飯食いに行ったりだけならまだしも時には2人で山歩きに行ったり温泉いったりしたりしているわけで、いくら俺がヘタレでももし相手が別の人だったらこれは向こうも分かってるだろうし普通に考えていけるだろうと思うのだけど、相手は例の彼女だからやっぱり昔の記憶がフラッシュバックして躊躇してしまう。



ダメならダメで仕方ないと思うけど、ただ前みたいに会えなくなるのだけは絶対に嫌だ。まあ、もう2人ともいいオトナなんで、そんなことはないだろうと思うんだけど。

やっぱ大好き。人として。

confession

 なんか告白めいたことを言われてしまった>別の人に。
 夜中に電話。うーむ、これは予想してなかったぞ。はっきりとは言われてないけどそういうことだ。でもはっきりとは言われてないから逆にどうしようもないぞ。いや、向こうは言ったつもりなのかもしれないが。
 意中の人からはたまにメールが来ます。こっちも何考えてんのかよくわかんないぞ。